面白いブログを見つけました。プロの演出家だと思われるBOSSA TOMさんの「フランキーシステムラボ~ドラマ君の呼吸~」です。
その中の「舞台芝居と映像芝居の表現形態」という記事で、BASSA TOMさんは「映像芝居は【手紙】で、舞台芝居は【電話】である」と断言する。これはとても面白い目線だなあと思います。
全体の組み立てを考えて、言葉を推敲しつつ丁寧に組み立てていく【手紙】スタイルが映像芝居、一方リアルタイムの生きた言葉がその場で伝わる【電話】スタイルが舞台芝居。それゆえ文章で書かれたようにきれいに計算された言葉を吐くと、舞台ではナマの言葉として響かない・・・・なるほどですよね。文語と口語、というほど分かりやすいものではないけど、「観客」という存在が周りにいてその反応をダイレクトに感じながら作り上げられていく「舞台」に比べれば、「映像」の芝居は【手紙】的に、全体の流れを計算して組み上げられていく傾向は強いでしょう。
俳優TAさんと仕事をしたときも、それに良く似た話になった覚えがあります。
TAさんは大ヒット曲を持つアーティストでもあり、また日本アカデミー賞最優秀主演男優賞も受賞している超名優です。「切れ味の鋭いナイフ」のようなオーラが漂っていますが、同時に「頼れる兄貴」という優しいオーラも発してくれる珍しいタイプの方で、ものすごく素敵な役者さんです。
自分のシーンじゃなくても若い役者の芝居を見ててくれていることもあります。そんなとき、自分からわざわざは行きませんが、若い役者が相談にきたときは的確に助言してくれたりする、男気ムンムンの方です。
そんなTAさんと、ロケの待ち時間だったか帰り道だったか、やはり若い役者の芝居を見た後にこんな話になりました。
「役者って、(テレビドラマ1話の)全体を計算で演じたがるじゃない。
でもそれってあんまり意味ないんじゃないかって感じるんだよね」
「え?どういうことですか?」
「だからね、結末にピークを持っていくために、前半のテンションを抑えて、最後と矛盾しない形で
性格づけを行なうじゃない。でもさ、そんなこと考えて生きている人間は実際にはいないわけだな。
明日もっとびっくりするようなことが起きるかもしれないから、今日の驚き方はこのへんにしておこう、
なんて奴はさ。」
「そりゃそうですね」
「特にテレビドラマはさ、1シーン1シーンが面白くなければ最後まで見てもらえないからね。
後半の盛り上がりを大事にするために、前半を抑えてしまう方向性って、
違うんじゃないかと思うんだよ」
(会話のディテイルは、はっきり覚えていないので若干作っています(笑)。でも中身はおおよそこんな話でした)
こうやって考えると、実は同じ「映像」の芝居でも、映画とテレビドラマは質の違う芝居が要求されているとも言えるのです。映画とテレビドラマの違い、それは「最初から最後まで見ることが前提条件か否か」です。
映画館の場合は、お金を払って劇場に入れば、よっぽどでない限り途中で退席することはありません。(たまにありますが・・・・)そこでは役者の計算が成り立ちます。ああ、最後のシーンを際立たせるために、わざと前半こう演じていたのか、やるなあ・・・・と観客が納得してくれたらしめたもので、「○○の演技が凄いんだよ」とクチコミで評判が立っていくということですね。
さてテレビドラマの場合は、そううまく行くとは限りません。最後のシーンを際立たせるために、前半の演技を抑えると「面白くないね、この役者」でチャンネルをひねられ、最後の渾身のシーンは見てもらえないこともあるからです。
もちろんこれは程度問題なので、テレビドラマでは計算すべきではない、ということではありません。でも元来テレビは「流れてしまったら終わり」というメディアなのです。今でこそ放送終了後にDVDになったりしてTSUTAYAで借りられるようになりましたが、「もう一度見返すことはない」というのがテレビドラマの原点であることは間違いないのです。
これと良く似た話は、技術的なアプローチにも存在します。
私とよく一緒に組んでいたO原君というMAオペレーターがいます。MAというのは番組を編集して規定の長さに縮めた後に、音楽や効果音を足して完成品を作る作業のことです。
O原君と話題になったのは「ダイナミックレンジの使い方」でした。「ダイナミックレンジ」と言っても、別に派手にダイナミックに料理を温める電子レンジではありません。音楽や音のレベルの幅のことです。
O原君自身、とても脚本を読み込むタイプだったので、全体を計算して、前半の曲や効果音の大きさ(レベル)を抑えて、後半クライマックスにピークを持ってくるのを好むタイプでした。でも彼の知人でフジテレビなどのドラマで同じMA作業を担当しているオペレーターは、どのシーンでもほとんどフルにダイナミックレンジを一杯に使うそうです。これもまたどちらが正しい、という話ではありません。しかし緻密に計算して、全体の音のレベルを考えても、途中途中にフルレベルでCMが入ってきて流れが分断されるのもまた事実なのです。その点でも、テレビドラマの全体の構成は映画とは違った種類の難しさがあります。
話がずいぶん長くなってしまいました。
芝居の話に戻れば、結局は「出し惜しみをしない」ということだと思います。前半を抑えることと「出し惜しむ」ことは違うのです。「火が立たない」だけでなく「風が吹く」シーンに仕立て上げること、に立ち返ることかしらん・・・・!!!
その中の「舞台芝居と映像芝居の表現形態」という記事で、BASSA TOMさんは「映像芝居は【手紙】で、舞台芝居は【電話】である」と断言する。これはとても面白い目線だなあと思います。
全体の組み立てを考えて、言葉を推敲しつつ丁寧に組み立てていく【手紙】スタイルが映像芝居、一方リアルタイムの生きた言葉がその場で伝わる【電話】スタイルが舞台芝居。それゆえ文章で書かれたようにきれいに計算された言葉を吐くと、舞台ではナマの言葉として響かない・・・・なるほどですよね。文語と口語、というほど分かりやすいものではないけど、「観客」という存在が周りにいてその反応をダイレクトに感じながら作り上げられていく「舞台」に比べれば、「映像」の芝居は【手紙】的に、全体の流れを計算して組み上げられていく傾向は強いでしょう。
俳優TAさんと仕事をしたときも、それに良く似た話になった覚えがあります。
TAさんは大ヒット曲を持つアーティストでもあり、また日本アカデミー賞最優秀主演男優賞も受賞している超名優です。「切れ味の鋭いナイフ」のようなオーラが漂っていますが、同時に「頼れる兄貴」という優しいオーラも発してくれる珍しいタイプの方で、ものすごく素敵な役者さんです。
自分のシーンじゃなくても若い役者の芝居を見ててくれていることもあります。そんなとき、自分からわざわざは行きませんが、若い役者が相談にきたときは的確に助言してくれたりする、男気ムンムンの方です。
そんなTAさんと、ロケの待ち時間だったか帰り道だったか、やはり若い役者の芝居を見た後にこんな話になりました。
「役者って、(テレビドラマ1話の)全体を計算で演じたがるじゃない。
でもそれってあんまり意味ないんじゃないかって感じるんだよね」
「え?どういうことですか?」
「だからね、結末にピークを持っていくために、前半のテンションを抑えて、最後と矛盾しない形で
性格づけを行なうじゃない。でもさ、そんなこと考えて生きている人間は実際にはいないわけだな。
明日もっとびっくりするようなことが起きるかもしれないから、今日の驚き方はこのへんにしておこう、
なんて奴はさ。」
「そりゃそうですね」
「特にテレビドラマはさ、1シーン1シーンが面白くなければ最後まで見てもらえないからね。
後半の盛り上がりを大事にするために、前半を抑えてしまう方向性って、
違うんじゃないかと思うんだよ」
(会話のディテイルは、はっきり覚えていないので若干作っています(笑)。でも中身はおおよそこんな話でした)
こうやって考えると、実は同じ「映像」の芝居でも、映画とテレビドラマは質の違う芝居が要求されているとも言えるのです。映画とテレビドラマの違い、それは「最初から最後まで見ることが前提条件か否か」です。
映画館の場合は、お金を払って劇場に入れば、よっぽどでない限り途中で退席することはありません。(たまにありますが・・・・)そこでは役者の計算が成り立ちます。ああ、最後のシーンを際立たせるために、わざと前半こう演じていたのか、やるなあ・・・・と観客が納得してくれたらしめたもので、「○○の演技が凄いんだよ」とクチコミで評判が立っていくということですね。
さてテレビドラマの場合は、そううまく行くとは限りません。最後のシーンを際立たせるために、前半の演技を抑えると「面白くないね、この役者」でチャンネルをひねられ、最後の渾身のシーンは見てもらえないこともあるからです。
もちろんこれは程度問題なので、テレビドラマでは計算すべきではない、ということではありません。でも元来テレビは「流れてしまったら終わり」というメディアなのです。今でこそ放送終了後にDVDになったりしてTSUTAYAで借りられるようになりましたが、「もう一度見返すことはない」というのがテレビドラマの原点であることは間違いないのです。
これと良く似た話は、技術的なアプローチにも存在します。
私とよく一緒に組んでいたO原君というMAオペレーターがいます。MAというのは番組を編集して規定の長さに縮めた後に、音楽や効果音を足して完成品を作る作業のことです。
O原君と話題になったのは「ダイナミックレンジの使い方」でした。「ダイナミックレンジ」と言っても、別に派手にダイナミックに料理を温める電子レンジではありません。音楽や音のレベルの幅のことです。
O原君自身、とても脚本を読み込むタイプだったので、全体を計算して、前半の曲や効果音の大きさ(レベル)を抑えて、後半クライマックスにピークを持ってくるのを好むタイプでした。でも彼の知人でフジテレビなどのドラマで同じMA作業を担当しているオペレーターは、どのシーンでもほとんどフルにダイナミックレンジを一杯に使うそうです。これもまたどちらが正しい、という話ではありません。しかし緻密に計算して、全体の音のレベルを考えても、途中途中にフルレベルでCMが入ってきて流れが分断されるのもまた事実なのです。その点でも、テレビドラマの全体の構成は映画とは違った種類の難しさがあります。
話がずいぶん長くなってしまいました。
芝居の話に戻れば、結局は「出し惜しみをしない」ということだと思います。前半を抑えることと「出し惜しむ」ことは違うのです。「火が立たない」だけでなく「風が吹く」シーンに仕立て上げること、に立ち返ることかしらん・・・・!!!
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